第二回【ボストン美術館浮世絵名品展】対決!

ボストン美術館 浮世絵名品 展  とに〜

浮世絵の美術展は、数多くあれど。
その決定版とも言える美術展が、こちら。

ボストン美術館 浮世絵名品展


江戸東京博物館で、11月30日まで開催されている

“ボストン美術館 浮世絵名品展”です!


ボストン美術館が誇る5万点以上の浮世絵版画の中から、

選りすぐりに選りすぐった浮世絵130点ほどが展示されている美術展。


しかも、それらは、 『過去5年間、今後5年間も展示予定がない』 ほど貴重なものなのだそうで。
それだけでも、この美術展が、‘絶対にすべらない美術展’だというのは確実なのである。


さらに、この美術展。
ただ、浮世絵の名品が、ずらずらと並べられているわけではありません。
浮世絵が時代の変遷に沿って展示されており、

会場を巡るだけで、浮世絵の歴史が分かる仕組みになっているのです。
何て、素晴らしい美術展なのでしょう!


というわけで、“ボストン美術館 浮世絵名品展”へ行こう!



えっ、“手抜きするな!” ですって?
まぁ、それは、重々承知しております。


が、僕にも、一つ言い分がございまして。
というのも、これ以上、話を進めるとなると、 『あのこと』 に触れなくてはいけないわけでして。。。

確かに、このままでは、あまりに紙面が寂しいのも事実。


わかりました。
覚悟を決めて、続きを書き進めてまいりましょう。

実は、この浮世絵名品展を鑑賞したことで、あることを強く感じてしまったのです。



それは、

“浮世絵は、美術品ではない!”

ということ。


「美術じゃないなら、何なの?!」
という戸惑いの声が聞こえてくるようです。


その問いには、こう答えましょう。

“浮世絵とは、江戸時代の雑誌だったのです!”

と。



いや、前々から、疑問に思っていたのです。

例えば、海外に陶器を輸出する時、浮世絵がその包み紙として使われていたこと。
いくら版画とは言え、浮世絵が美術品であるなら、

そのようなもったいない使われ方はしないでしょう。
レンブラントやデューラーといった作家の版画を、

包み紙に使ったという話は聞いたことがありません。
「浮世絵=雑誌」 とするならば、包み紙に使われていたとしても納得です。


そう考えたのなら、浮世絵において春画の占める割合が大きいことにも納得。
(春画:性風俗、特に異性間・同性間の性交場面を描いた浮世絵のこと。いわゆる、ポルノですね)
西洋画にもヌード画がありますが、

西洋画全体の割合からすれば、おそらく1割くらいほどではないでしょうか。


それに比べて、浮世絵にはエロス作品が、まぁ、多いこと多いこと。
つまり、これは、浮世絵が美術というよりは、実用品(?)として捉えられていた何よりの証拠。
ちなみに、田舎では、錦絵(=色鮮やかな浮世絵)と言ったら、春画を指していたのだとか。
確かに、現代でも、田舎の小さな本屋に行くと、

そこで売られている雑誌のほとんどがアダルト雑誌ですからね。



それは、まぁ、さておき。
この僕が漠然と抱いていた考えは、

幅広いジャンルや時代の浮世絵を網羅した浮世絵名品展で、確信的なものへと変わりました。
会場では、実に様々な雑誌のルーツを見て取ることが出来たのです。


それでは、一つ一つご紹介いたしましょう。


鳥居清長 《日本橋の往来》 。



鳥居清長 《日本橋の往来》



同じような顔の女性が、ズラズラと。
おそらく、この作品のメインは、女の人の顔より衣装。
現代で言うと、こういうこと。



ファッション誌



女性ファッション誌のようなもの。



続いて、歌川国政 《市川鰕蔵の暫》 。



歌川国政 《市川鰕蔵の暫》



これは、当時の超人気歌舞伎役者を魅力的に描いた一枚。
役者絵は、今でいうブロマイド。
って、ブロマイドも、今はないですね。

あえて、雑誌に例えるならば、こちら。



明星



言わずもがなです。



それから、葛飾北斎の《冨嶽三十六景 山下白雨》 や、



冨嶽三十六景 山下白雨



歌川国芳の《讃岐院眷属をして為朝をすくふ図》



讃岐院眷属をして為朝をすくふ図



のように、見ていて、心が躍るような作品は、



チャンピオン



少年漫画誌に通ずるところがありそうです。



と、まぁ、ここに列挙した例は、僕のほんの思いつき。
もしかしたら、実際のところは違うのかもしれません。


が、ただ一つだけ自信を持って言えるものがありました。

浮世絵界に不動の地位を手に入れた歌川広重の作品は、



るるぶ 北海道



【るるぶ】 のルーツであったと。
これに関しては、今回の浮世絵名品展で、広重の浮世絵の数々を見て、確信したのです。



歌川広重


歌川広重(1797年〜1858年)。
名所絵の巨匠 と呼ばれた浮世絵師です。
名所絵とは、その名の通り、日本各地の名所を描いた絵のこと。


例によって、雑誌に例えるならば、旅行情報誌です。

「一体、どうして、他の名所絵を描く浮世絵師をさしおいて、

歌川広重は 名所絵の巨匠 と呼ばれるようになったのか?」


この問いは、こう言い換えることができるのです。

「一体、どうして、他の旅行雑誌をさしおいて、【るるぶ】 が旅行雑誌の代名詞となったのか?」

それでは、広重作品の魅力に迫るために、

【るるぶ】 との関係を交えながら、ご説明いたしましょう。




広重の名所絵がヒットした理由 その1  コンセプト


1984年に【るるぶ】 情報版第1号

『【るるぶ】 京都』 が創刊されてから、今年でちょうど25周年。
現在までに、何と3500号を超えているという、旅行情報誌の定番中の定番である【るるぶ】 。

突然ですが、皆さんは、その【るるぶ】 という雑誌名の由来をご存じでしょうか?


正解は、


「見る」 の 「る」
「食べる」 の 「る」
「遊ぶ」 の 「ぶ」


という、旅行の3要素の語尾を連ねた言葉。

【るるぶ】 が、旅行雑誌の定番中の定番となった理由は、

この3要素を押さえたことにありました。
これは、意外にも、それまでの旅行情報誌やガイドブックにはなかったものだったのです。


【るるぶ】 は読めば、

読者は“旅行先で何を見ようか、食べようか、何して遊ぼうか”

という想像を膨らませることが出来るのです。


さらに言うならば、【るるぶ】 を読むだけで、もう旅行に行ってきた気になってしまうほど。

広重の名所絵も、まさに【るるぶ】 と同じコンセプトで描かれていたのです。
江戸の庶民たちは、広重の名所絵を見て、旅行先でのことを想像したり、

旅行に行って来たつもりになったりして、楽しんだのです。



では、ここで、皆さんにも、

今回の浮世絵名品展で見られる、江戸時代の【るるぶ】 をご覧頂きましょう。



まずは、 「見る」 から。


《阿波鳴門之風景》



阿波鳴門之風景



直径20mにもなる渦潮は、鳴門海峡のシンボル。
世界三大潮流の一つにも数えられているのだそうです。



「食べる」 は、こちら。


《東海道五拾三次之内 丸子 名物茶店》



東海道五拾三次之内 丸子 名物茶店



静岡市丸子の名物は、とろろ汁。
かの松尾芭蕉も食し、
「梅若菜 丸子の宿の とろろ汁」
という句を作ったのは、江戸時代の人にとっては、有名な話。



最後に、 「遊ぶ」 は、こちら。


《金沢八景 平潟落雁》



金沢八景 平潟落雁



レジャーの季節になったなら、こちら(現在の横浜市金沢区)で、

家族や友人たちと、潮干狩りはいかがでしょうか。

と、このように、歌川広重は、単に名所の風景を描いただけではなく、

その旅先での 「見る」 「食べる」 「遊ぶ」 情報まで描きこんだのですね。



広重の名所絵がヒットした理由 その2  東京情報


旅行情報誌である【るるぶ】 。
現在は、全国の観光地を取り上げるだけでなく、東京の情報にも力を入れ始めています。

またまた突然ですが、

皆さんは、2003年に初めて【るるぶ】 になった東京23区をご存じでしょうか?


正解は、



るるぶ 練馬区



練馬区。
“都会のオアシス”ですかぁ。意表を突かれた気がします。
このあとも、中野区、江東区、品川区と様々な区が【るるぶ】 となって発売されています。


さらに、最近では、こんなレアな【るるぶ】 も。



もえるるぶ



もえるるぶ東京案内 〜史上最濃! やくにたつ萌え系ガイドブック〜。
『【るるぶ】 秋葉原』と銘打たなくて、 『もえるるぶ』 とする辺りが、何とも斬新です。
しかし、一体、【るるぶ】 はどうなって行くのでしょうか。。。



さて、《東海道五十三次》 や《金澤八景》 、《木曾街道六十九次》 と

立て続けに日本全国の観光地を名所絵にして、ヒットを飛ばしてきた広重も。


晩年が近づくと、《蒲田の梅園》 や、



蒲田の梅園



《両国花火》



両国花火



のように、江戸の名所をテーマにした《名所江戸百景》 に取り組みました。
当時の江戸庶民たちにとっては、何気ない江戸の風景。
それを広重らしい斬新な視点、レイアウトで描くことで、

爆発的なヒットを呼んだのです。



最後に、こんなお話を。


現在、【るるぶ】 は、ライバル誌 『まっぷる』 に押されて気味なのだとか。
その大きな一因が、 【るるぶ】 は誤植が多い というもの。
あまり大きな声では言えませんが。


ここまで、広重の名所絵と【るるぶ】 のお話をしてきたのですから、もうお気づきでしょう。
そう、広重作品にも、誤植があるのです。


こちらの作品をご覧くださいませ。



木曽海道六十九次之内 宮ノ越



これは、《木曽海道六十九次之内 宮ノ越》 という作品。
さて、この絵には、誤植があるのですが、おわかりになりましたか??
ヒントは、文字ではなく、人物。

よ〜く足もとに注目してみてくださいませ。


どの人物も、足の指が6本あるのです。
実は、描かれた人物の足の指が6本あるというのは、この絵に限ったことではありません。
《東海道五十三次》 でも、多くの6本指の足が見られるのです。


これが、何を意味してるのか。まだ定説はないそうで。
最近では、あの映画にちなんで、 『ヒロシゲ・コード』 と呼ばれているのだとか。

しかし、ここまで見てきたように。広重は【るるぶ】 のルーツ。
僕としては、ただ単に誤植であったのだという意見がしっくり来るような。



さぁ、この美術展が開催されている江戸東京博物館周辺情報を、

こちらの【るるぶ】 .comで調べてから
http://www.rurubu.com/sight/sightdetail.asp?BookID=A1404400


ボストン美術館 浮世絵名品展 へ行こう!



■江戸東京博物館 URL

http://www.edo-tokyo-museum.or.jp/


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[とに〜プロフィール]

本名 大山敦士。
元々は吉本興業で、コンビとして芸人をやっていたのだが、ふと抱いた"美術館には、なぜ、笑いがないのか?"という疑問に、 "じゃあ、自分が美術館で笑いを取ろう!"と思い至る。
それを機に、吉本興業を辞め、アートテラーとして活動することに。
「ルノワールは【アキバ系】だ!」や「ムンクと【新世紀エヴァンゲリオン】のシンクロ率は100%だ!」など、独自の視点から、笑いを交えて、美術を解説。
美術に興味を持てない人はもちろん、美術好きな人にも新たな発見を与えるアートテリングを繰り広げる。
最近、ある世界的な若手アーティストに「とに〜は、魔法使いだね」と言われ、見事に天狗になっている。
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